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最高裁判所第二小法廷 平成4年(オ)413号 判決

上告人

源田明一

右訴訟代理人弁護士

榎本峰夫

中川潤

被上告人

株式会社ベンカン

右代表者代表取締役

中西真彦

右訴訟代理人弁護士

長浜隆

石井藤次郎

松尾翼

同訴訟復代理人弁護士

谷口正嘉

末啓一郎

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

被上告人の請求を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人榎本峰夫、同中川潤の上告理由一、二について

一  原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。

1  上告人は、株式会社透信(以下「透信」という。)に対する東京法務局所属公証人柏原允作成の昭和六三年第二七七号譲渡担保付金銭消費貸借公正証書の執行力のある正本に基づいて、平成元年七月三一日、透信が株式会社富士銀行(以下「富士銀行」という。)に対して有する普通預金債権を差し押さえたが、差押時の同預金債権の残高は五七二万二八九八円とされていた。

2  被上告人は、株式会社東辰(以下「東辰」という。)から、東京都大田区所在の建物の一部を賃料一箇月四六七万〇一三〇円で賃借し、毎月末日に翌月分賃料を東辰の株式会社第一勧業銀行大森支店の当座預金口座に振り込んで支払っていた。また、被上告人は、透信から通信用紙等を購入し、その代金を透信の富士銀行上野支店の普通預金口座に振り込む方法で支払っていたことがあったが、昭和六二年一月の支払を最後に取引はなく、債務もなかった。右普通預金口座は、透信と富士銀行との間の普通預金取引契約によるものであるところ、右契約の内容となる普通預金規定には、振込みに関しては、これを預金口座に受け入れるという趣旨の定めだけが置かれていた。

3  被上告人は、東辰に対し、平成元年五月分の賃料、光熱費等の合計五五八万三〇三〇円を支払うため、同年四月二八日、富士銀行大森支店に右同額の金員の振込依頼をしたが、誤って、振込先を富士銀行上野支店の前記透信の普通預金口座と指定したため、同口座に右五五八万三〇三〇円の入金記帳がされた(以下「本件振込み」という。)。上告人が差し押さえた透信の普通預金債権の残高五七二万二八九八円のうち五五八万三〇三〇円(以下「本件預金債権」という。)は、本件振込みに係るものである。

二  被上告人の本件請求は、上告人の強制執行のうち本件預金債権に対する部分につき、第三者異議の訴えによりその排除を求めるものであるが、原審は、右事実関係の下に、次のとおり判示して、被上告人の請求を認容した。

1  振込金について銀行が受取人として指定された者(以下「受取人」という。)の預金口座に入金記帳することにより受取人の預金債権が成立するのは、受取人と銀行との間で締結されている預金契約に基づくものであるところ、振込みが振込依頼人と受取人との原因関係を決済するための支払手段であることにかんがみると、振込金による預金債権が有効に成立するためには、特段の定めがない限り、基本的には受取人と振込依頼人との間において当該振込金を受け取る正当な原因関係が存在することを要すると解される。ところが、本件振込みは、明白で形式的な手違いによる誤振込みであるから、他に特別の事情の認められない本件においては、透信の富士銀行に対する本件預金債権は成立していないというべきである。

2  そうすると、本件振込みに係る金員の価値は、実質的には被上告人に帰属しているものというべきであるのに、外観上存在する本件預金債権に対する差押えにより、これがあたかも透信の責任財産を構成するかのように取り扱われる結果となっているのであるから、被上告人は、右金銭価値の実質的帰属者たる地位に基づき、本件預金債権に対する差押えの排除を求めることができると解すべきである。

三  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1 振込依頼人から受取人の銀行の普通預金口座に振込みがあったときは、振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在するか否かにかかわらず、受取人と銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が成立し、受取人が銀行に対して右金額相当の普通預金債権を取得するものと解するのが相当である。けだし、前記普通預金規定には、振込みがあった場合にはこれを預金口座に受け入れるという趣旨の定めがあるだけで、受取人と銀行との間の普通預金契約の成否を振込依頼人と受取人との間の振込みの原因となる法律関係の有無に懸からせていることをうかがわせる定めは置かれていないし、振込みは、銀行間及び銀行店舗間の送金手続を通して安全、安価、迅速に資金を移動する手段であって、多数かつ多額の資金移動を円滑に処理するため、その仲介に当たる銀行が各資金移動の原因となる法律関係の存否、内容等を関知することなくこれを遂行する仕組みが採られているからである。

2  また、振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在しないにかかわらず、振込みによって受取人が振込金額相当の預金債権を取得したときは、振込依頼人は、受取人に対し、右同額の不当利得返還請求権を有することがあるにとどまり、右預金債権の譲渡を妨げる権利を取得するわけではないから、受取人の債権者がした右預金債権に対する強制執行の不許を求めることはできないというべきである。

3  これを本件についてみるに、前記事実関係の下では、透信は、富士銀行に対し、本件振込みに係る普通預金債権を取得したものというべきである。そして、振込依頼人である被上告人と受取人である透信との間に本件振込みの原因となる法律関係は何ら存在しなかったとしても、被上告人は、透信に対し、右同額の不当利得返還請求権を取得し得るにとどまり、本件預金債権の譲渡を妨げる権利を有するとはいえないから、本件預金債権に対してされた強制執行の不許を求めることはできない。

四  そうすると、右と異なる原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、その趣旨をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上に判示したところによれば、被上告人の本件請求は理由がないから、右請求を認容した第一審判決を取り消し、これを棄却すべきものである。

よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官河合伸一 裁判官大西勝也 裁判官根岸重治 裁判官福田博)

上告代理人榎本峰夫、同中川潤の上告理由

一 本件は被上告人が、株式会社第一勧業銀行大森支店の訴外株式会社「東辰」に対する送金のつもりで、過って、被仕向銀行も相手会社も全く異なる、株式会社富士銀行上野支店の訴外株式会社「透信」(以下透信という)名義の預金口座に振込手続きをしたため、右富士銀行上野支店は右口座に入金記帳をなしたというものである。

(1) このような場合、右銀行と透信との間で預金契約が有効に成立するかにつき、第一審判決は、「振込における受取人と被仕向銀行との関係は、両者間の預金契約により、あらかじめ包括的に、被仕向銀行が為替による振込金等の受入れを承諾し、受入れの都度当該振込金を受取人のため、その預金口座に入金し、かつ、受取人もこの入金の受入れを承諾してこれについて預金債権を成立させる意思表示をしているものであり、右契約は、準委任契約と消費寄託契約の複合的契約であると解される。」とした上、「ここで、両者が、預金債権を成立させることにつき事前に合意しているものは、受取人との間で取引上の原因関係のある者の振込依頼に基づき仕向銀行から振り込まれてきた振込金等に限られると解するのが相当である。」とし、「本件では、原告と「透信」との間に右取引上の原因関係がないことは明らかであるから、本件振込金について原告と前記銀行との間では預金契約は締結されていない」と結論した。

さらに、右事件の控訴審である東京高等裁判所平成二年(ネ)第三八七六号第三者異議控訴事件の、平成三年一一月二八日言い渡された判決(以下原判決という)でも、原判決は、「振込金について銀行が受取人の預金口座に入金記帳することにより、受取人の預金債権が成立するのは、受取人と銀行との間で締結されている預金取引契約に基づくものである」とし、「振込金による預金債権が有効に成立するために、受取人と振込依頼人との間において当該振込金を受け取る正当な原因関係が存在することを必要とするか否かも、右預金取引契約の定めるところによるべきであるが、振込が原因関係を決済するための支払手段であることを鑑みると、特段の定めがない限り、基本的にはこれを必要とすると解するのが相当である。」とする。そして、「現代における振込は、現金に代わる簡便な支払方法として日常的に大量かつ迅速に行われているから、原因関係を欠くとされる場合を広く認めるときは、振込取引の機能を損なうおそれがある。」としながらも、「しかし、本件の振込は、前記のとおりの明白、形式的な手違いによる誤振込であり、このような振込についてまで、誤って受取人とされた透信のために預金債権が成立するとすることは、著しく公平の観念に反するものであり、通常の預金取引契約の合理的解釈とはいいがたい。」とし、「他に特段の事情の認められない本件においては、透信の富士銀行に対する本件預金債権は成立していないというべきである。」とする。

(2) 原判決が、第一に被上告人の仕向銀行に対する振込依頼の意思表示は錯誤により無効であるとの主張について、その主張を排斥したことは正当であるが、原判決は、振込送金による預金契約の成立については、「振込の原因関係を決済するための支払手段である」からとして、原因関係の存在を必要とするとしているが、何故支払い手段だと原因関係必要となるのかについて全く説明されておらず、逆に「右預金取引契約の定めるところによるべきである」としながら、預金契約の成立に、何ら根拠のないかつ明らかに不合理な要件を付加しているものであり、預金契約の成立についての判断に、明らかに判決に影響を及ぼす経験則違反があり絶対に是認できず、採証法則の適用を誤っているので、審理不尽、理由不備の違法がある。

二 原判決は結論として、「誤って受取人とされた透信のために預金債権が成立するとすることは、著しく公平の観念に反するものであり、通常の預金取引契約の合理的解釈とはいいがたい」とするが、振込による預金の成立につき、その契約当事者である被仕向銀行が関与も了知もしない振込人・受取人間の原因関係を必要とするという要件を加えることこそ、逆に全く「通常の預金取引契約の合理的解釈」に反するものである。

のみならず、為替取引上、被仕向銀行は仕向銀行に対してのみ独立して義務を負う当事者で、その義務の履行としての入金処理を行うものであるということ、かつ、その入金処理においては預金契約上の当事者としての固有の立場を有する者であるということが全く捨象されてしまっていると言わざるを得ない。

また、誤って他人の預金(財産)となったからこそ、公平の観念から、不当利得として返還を図るのであるから、預金の成立を認めたとしても、何ら公平の観念に反するものではない。

(1) 振込の法的性質は、委任契約であって、振込依頼人と仕向銀行間の事務処理の依頼、仕向銀行と被仕向銀行間の為替取引契約を基礎とする振込金の委託、そして被仕向銀行と被振込人との間の預金契約にもとづく預金への受入がこれに伴うものと解されている(金融取引法体系第二巻六一頁)。従って振込送金ということ自体は、依頼人と仕向銀行及び、仕向銀行と被仕向銀行間の契約関係が存在するにとどまり、被仕向銀行と受取人との間には為替取引上の契約関係は存在しない。そして、振込における受取人と被仕向銀行の関係は、両者の預金契約によるものであって、依頼人と仕向銀行との振込依頼契約や仕向銀行と被仕向銀行との委任契約のいずれからも独立した契約である。

そして、預金の成立は原判決の述べるとおり、預金取引契約の定めるところによるのであり、受取人と銀行との預金契約の内容は、普通預金規定二(1)によれば「当該預金口座には、現金のほか、手形、小切手、配当金領収書その他の証券で直ちに取立のできるものを受入れます。為替による振込金も受入れます」となっており、また、当座勘定規定第四条二項によれば、「第三者が当行の他の本支店または他の金融機関を通じて当座勘定に振込みをした場合には、第三条と同様(注、当行で当座勘定へ入金記帳したうえでなければ、支払資金としない)に取扱います」となっている。これは、第三者から、他の本支店または他の金融機関を通じて当座勘定に振込があった場合で、しかも当行で当座勘定元帳へ入金記帳した場合には預金関係が成立するということである(尚、右の当座勘定規定と普通預金規定の表現が異なる点について付言すると、振込は、当初当座預金口座への振込に限られ、名称も当座口振込と呼ばれていたものが、後に普通預金口座への振込も扱うようになり、名称も単に振込と称するようになった経緯から明らかなように、定める内容において異なるものではない)。また、これ以外の要件は何ら付加されていないのである。このことは第一審判決も前提としているところである。

従って、当該銀行が誤って入金記帳をした場合には、そもそも当該当座勘定に振込依頼があったわけではないから、預金関係が成立することはないが、依頼人から、当該当座に振り込むよう仕向銀行に依頼があって、仕向銀行から被仕向銀行に通知があり、被仕向銀行が入金処理をした場合は、受取人と被仕向銀行との間に当然預金関係が成立するということである。そして、その後は振込人から受取人に対する不当利得として処理されるのである。すなわち「口座相違について被仕向銀行に過失がなく、振込人または仕向銀行に過失があるときは、被仕向銀行が受取人とした者の預金債権となる。この場合は、振込人または仕向銀行の、彼らから見て誤入金先となった受取人に対する不当利得の問題として処理される」のである(「金融取引法体系」第二巻三八三頁、同旨結論として加藤一郎監修「現代金融取引法」五〇四頁、「銀行取引法講座」(上)三一九頁等)。それが、通説である。

よって、原判決の如く、振込による預金の成立については「預金取引契約の定めるところによる」としながら、振込についての原因関係の存在を必要とすることは、右の規定からしても、預金契約の成立の判断を誤ったものといわざるを得ない。

(2) 預金の成立は、預金を成立させる旨の合意とこれに対応する資金の交付を要し、かつそれで足りる。しかし、原判決の考え方によれば、預金成立合意に対応する資金交付は、単なる資金交付(振込入金)では足らず、原因関係があることを必要としており、これは受取人と依頼人との間の原因関係の存否という為替取引外の客観的事実の有無が、事実上独立の要件として付加されたことになり、預金契約の趣旨及び前記預金規定の解釈からしても、全く不合理なものである。

(3) 広く振込の誤入金(依頼人の過誤に起因する場合、仕向銀行の過誤に起因する場合、被仕向銀行の過誤に起因する場合の三場面がありうるが)の場合の預金成立の有無という場面において、受取人に資金移動があったかどうかの問題は、正に前述の当座勘定規定にいう「第三者が当行の本支店または他の金融機関を通じて(受取人の)当座勘定に振込した場合」又は普通預金規定にいう「為替による振込金の受入れ」と評価しうるかどうかの判断に尽きるところである。

本件と類似する先例として名古屋高判昭和五一年一月二八日の判決について見てみると、右事例は、依頼人が本来は「豊和工業株式会社」と記載すべきところを「豊和産業(株)」と記載した過誤があったにせよ、振込依頼明細票に表示された受取人は「豊和産業(株)」であって、被仕向店が誤って受取人として入金処理をした「朋和産業株式会社」ではありよう筈のないものであり、当然それにより右「朋和産業株式会社が正当な指定受取人になるいわれはない」のである。そして、仕向店から「ホウワサンギョウ」というカナ文字のテレックス送信を受けた被仕向店の過誤で、為替取引上指定取引人では全くない者(朋和産業株式会社)の口座へ入金処理をしたというものである。この場合、口座入金のあったものがそもそも依頼人の指定受取人でないことが明らかである以上、その者について「第三者が当行の本支店または他の金融機関を通じて(受取人の)当座勘定に振込をした場合」又は「為替による振込金の受入れ」に該当する余地のないことも明白なところである。即ち単なる誤記入で入金記帳がされても、そのことで預金契約が成立するものではない。右事案の場合もその者に対する振込依頼がないのに、被仕向店の過誤で振込入金の如く処理をしたからといって、預金契約が成立しないのは当然である。従って、右判決の「右約款上の受入れ承諾の意思は、客観的にも実質上正当な受取人と指定される取引上の原因関係の存在を当然の前提としているものと解され」とした部分は、そもそも右事案が依頼人の指定受取人でない者への入金であるから、その者について「第三者が当行の本支店または他の金融機関を通じて(受取人の)当座勘定に振込をした場合」又は「為替による振込金の受入れ」に当たらないのであるから、原因関係を云々する必要はなかったのである。よって右は本件の先例となる事例ではない(金融法務事情一〇七八号二五頁、金融・商事判例八六二号二五頁、後藤紀一・金融法務事情一二七九号一五頁参照、尚、同後藤文献でドイツの判例、学説が紹介されているが、それによれば、振込の原因関係に絡ませて預金の成立を考える見解は皆無とされている。また、前記「金融取引法体系」第二巻三八九頁も、右判決は仕向銀行と被仕向銀行が同一銀行であったということをもって、結論は妥当であるとしている)。

(4) また、原判決の如く考えても、現行の銀行実務のなかで、何ら被仕向銀行に不利益を強いるものではないとする次のような判例もある。

すなわち鹿児島地裁平成元年一一月二七日判決は「しかしながら、被仕向銀行が、誤振込が原因で受取人のため払戻しその他の現実的出捐をしたとしても、それが預金債権が真正に成立したものと誤信してなされたものであれば、被仕向銀行は、振込依頼人に対し、利得の現存する限度、すなわち出捐分を差し引いた限度で返還義務を負うにすぎないと解されるから、出捐に際して控訴人主張のような煩雑な手続きを経る必要は全くなく、従って、当裁判所の前記解釈は、現行実務の中にあっても被仕向銀行の保護に何ら欠けるものではない」としている。

しかし、右の見解は、現行の銀行実務への理解のみならず、現在、内国為替における全為替取扱量の大半を占める振込の果たしている役割そのものの理解を根本的に欠いたものというほかない。

即ち、振込は、送金依頼人が仕向銀行を通じて被仕向銀行にある送金受取人の預金口座に直接入金する方法によって送金目的を達する送金為替であり、普通送金や電信送金のように、依頼人が送金小切手を受取人に送付したり電報を打電したりする必要がない上、受取人も送金小切手や電報送達紙を持参し被仕向銀行に出向いて呈示する必要がなく、自動的に自己預金口座に資金が入金されるため、依頼人、受取人の双方にとって極めて簡便かつ安全に送金の目的を達することができる。加えて、仕向銀行の被仕向銀行への為替通知の送達手段に全銀システムを利用するテレ為替による振込においては、一方で仕向銀行の振込通知の発信時期は、振込依頼受付時刻が営業終了近く等の場合を除き、即日である取組日当日であり、他方振込通知を受信した被仕向銀行の入金時期は、システム障害や通信締切時刻間際の受信で同名異人等入金口座の検索に調査や仕向銀行への照会を要するなどの特別の事情のない限り振込通知の受信日(先日付振込は振込指定日)として処理されており、その資金移動の迅速性も大きな特徴である。このように、銀行業務としての為替取引の基本的な特質である確実性と安全性の上に振込では一層の安全性と簡便性、そして迅速性が加わり、振込は支払決済方法としてのみならず、最もポピュラーな送金方法となってきており、為替業務の中心を占めるに至っている。

(5) ところで、原判決の如く、当該為替取引外の取引上の原因関係の存在を要求した場合どのような問題が生ずるかを指摘する。

一度取組んだ為替取引について、依頼人が何らかの事情によってその必要がなくなったため、仕向銀行にその取消を求める処理を、実務上は組戻しと言う形で対応する。これは、委任契約たる依頼人・仕向銀行間の為替取引契約を解除するものであるので、委任事務処理終了までは何時でもなし得、従って、被仕向銀行による受取人預金口座への入金処理完了までは組戻依頼ができる。しかし、右入金処理後は、右のような意味での組戻しは当然のことながら認められない。

ところが、原判決の考え方に従うと、入金記帳後であっても、被仕向銀行にとっては契約当事者でもなく、取引先でないこともある依頼人から、取引上の原因関係を欠いた誤振込である旨の申出を受ければ、それのみで振込金額相当分(このような仕訳がそもそも法的に可能であるはずないが、その点は後述する。)について、直ちに出金停止の措置をとるほかない(このような申出を受けた以上、前記相当分の特定不能をさておくと、その後の支払いについて善意無過失ではありえないからである)。

なるほど、単なる誤振込の申出のみで、直ちに支払について被仕向銀行が有過失になるものではないが、このような申出がなされる場合には振込依頼人から相応の説明と疎明がなされるのが通常である。例えば、被上告人において、富士銀行上野支店に対し、透信とは何らの取引関係のないこと、逆に東辰との間に振込金相当額の賃料の賃貸借契約が存し、従前、同時期に同額の振込がなされた経緯の存すること、誤振込の原因が被上告人のパソコンを利用した振込依頼書作成におけるカタカナ表記にあったこと等について相応の資料も提示の上で誤振込の申出をなした場合、出金停止の措置をとらざるを得ないこととなる。

そして、一方で依頼人からの返還請求については受取人がこれを争う限りこれに応ずることは当然にはできず、他方で取引先である受取人からの払戻請求についても、右申出が結果的におよそ根拠のないものであったとしても、その旨が明確になるまで(現実には訴訟で確定するまで)、事実上払出しに応じ得ないこととなる。このことは、入金記帳前でも実は同様であり、組戻しによらず、依頼人から直接不当利得として返還請求がされた場合(即ち依頼人が仕向銀行との連絡をしてない場合)には、被仕向銀行の事務処理は収拾のつかないことになる。また、更に入金記帳後右申出までの間に預金残高の増減があった場合、既に支払済みであるか否かについてすらどのような基準で判断すれば良いか全く不可能を強いるものであり、「被仕向銀行は振込依頼人に対し、利得の現存する限度で返還義務を負うにすぎない」との前記意見は振込が、通常、当座預金又は普通預金口座になされるという振込の在りようを全く無視した議論でしかないのである。

(6) さらに、原判決のように預金契約が成立するには振込人と受取人との間に原因関係があることが必要だとすることについては、学説上も問題視されている。すなわち振込手続とは、原因関係から無因的、機械的に処理されることに本質があるのであるから(牧山市治・金融法務事情一二六七号一四頁)、原因関係の有無によって預金成立したりしなかったりするということはまったく不都合である(後藤紀一・金融法務事情一二六九号一四頁以下参照)。或いは原判決のように、原因関係の有無で預金の成立が左右されるとすると、一旦振込手続きを完了したものを、何日も経過してから、「あれは勘違いで振込をしてしまった」といって、入金をいつでも取消すことができるようになるが、そのようなことで入金を取消されたのでは銀行の振込取引は安心して扱えなくなってしまう(鈴木正和・判例タイムズ七四六号一〇三頁)と指摘されているとおりである。

また、原判決の如く「振込が原因関係を決済するための支払手段であることを鑑みると、特段の定めがない限り、基本的にはこれを必要とすると解するのが相当である」との考えに立つと、何ら原因関係がないのに見せ金とする意図で振り込んだ場合(振込人の心裡留保、又は通謀虚偽表示の場合)や、贈与の意図で振り込んだが受贈者が承諾をしないときには、その振込は原因関係を欠くものとして被仕向銀行と受取人との間には預金契約が成立しないことになる。

さらに、このような為替取引外の事実によって、個々の振込入金による預金の成立が左右されるとした場合、例えば甲銀行に口座を持つAが、今後Bからの振込入金については何ら取引上の原因関係はないから受領すべきいわれがないので受け入れないで欲しい旨を積極的に申出てきたとき、振込依頼人Bからの送金受けた被仕向銀行甲はどのように対応すべきことになるのか。甲銀行がA口座に振込金を入金する義務を負うのはあくまで仕向銀行に対してであり、Aに対してではない。しかし、右の場合、Aは、当該振込金ついては預金としないことを明示で申出ているのであり、原判決のように口座開設後の個別の振込について個々に預金成立を論ずる(個々の振込について原因関係の有無を論ずる)以上は、右の場合、被仕向銀行はAの申出に従った処理を為すべきことになる。別段口保管が許されないのは言うまでもなく、仕向銀行へ戻すか、入金処理をするかどちらかしかない。但し、戻す理由はない。要するに、振込における預金成立合意そのものが、口座を有する取引先との事前の包括合意であり、かつ当該取引先に個々の振込についての取捨選択(預金とするのかしないのか)をも認めないことを前提とした合意なのである。近時、振込における預金の成立が一方的債務負担行為であるとの主張がなされるに至っているのも(木内宜彦「金融法」三三五頁)、右のような理解をより明確にしたものにほかならない。

原判決は、「原因関係を欠くとされる場合を広く認めるときは、振込取引の機能を損なうおそれがある」と正しく認識しながら、本件の如き誤送金の場合に、「他に特別の事情の認められない」限り、預金契約は成立しないとしているが、「特別の事情」とはどのような場合を指すのが全く不明であるが、原判決の判示では、原因関係のない送金では、預金契約は成立しえないという結論にほかならない。

(7) 加えて、原判決の言うように、振込は送金支払いの手段であり、従って、振込は正に金銭の移動そのものでしかない。そのことを送金人と郵便局との契約で現金を書留郵便で送金した場合で見れば、郵便局は依頼人との契約に基づき郵便物を受取人に渡せば義務を履行したことになり、現金は占有と所有とが一体となるため、後は正に依頼人と受取人との不当利得の問題が残るのみである。銀行振込による送金も、入金処理がなされた後は、その金員はその他の預金と一体になり独自性を失うものであるから、現金の移動の場合と何ら変わりない。本件でも透信は金一八万九八六八円の預金債権を有しており、このように、他の預金が有る場合に本件のように誤送金であっても送金があれば、預金は混在し、さらに一部の引き出し、入金等あった場合、どのように誤送金分を特定するのか、全く不可能なことである。

(8) 本件の場合仮差押があるから、仮に仮差押をもって、分別が可能だと言うのであれば、そもそも仮差押は、被控訴人の透信に対する不当利得返還請求権に基づきなされているものであり、この仮差押は預金が成立したと言うことを前提としてなされているものである。仮に預金が成立していないとすれば、預金に対する仮差押自体成り立ち得ないものである。

逆に、被上告人が仮差押をなしたということは、被上告人は透信に対して不当利得の返還請求権を有しているからであり、これは預金が成立しているとの前提に立つものである。従って、預金が成立していないとの被上告人の主張は、そもそも自己矛盾の主張である。

三 第三者異議について

原判決は、「外観上存在する本件預金債権に対する差押により、あたかも透信の責任財産を構成するものとして取り扱われる結果となっているのであるから、被控訴人は、右金銭価値の帰属者たる地位に基づき、これを保全するため、本件預金債権そのものが実体上自己に帰属している場合と同様に、右預金債権に対する差押の排除を求めることができると解すべきである。」としている。

しかし、仮に預金が成立していないとすれば、被仕向銀行と受取人との間では被仕向銀行の単なる誤記入による透信の預金への入金記帳の場合と同様に入金の取消処理をなし、被仕向銀行と振込人との間は、振込人が被仕向銀行である富士銀行上野支店に対して不当利得返還請求をなすことになり、第三者異議の対象とはならない。

また、原判決は、「金銭的価値の帰属者」という意味の不明確な表現を使っているが、「金銭の帰属者」若しくは「預金の帰属者」ではなく、「金銭的価値の帰属者」ということは、正に不当利得の返還請求権を有する者と言うことにほかならないのである。

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